2010年12月24日金曜日

1st AIR Pneumo Course in Japanへ向けて

タイから帰って早々、私は東京に滞在して第1回日本AIR Pneumoの打ち合わせのために順天堂大学付属順天堂医院に訪問してまいりました。第1回日本AIR Pneumoをするにあたっては立地や設備などいろいろな条件をそろえないといけないのですが、有りがたいことに順天堂大学のご協力のもと、場所は確保できそうな運びとなっています。場所が決まれば次は設備なのですが、ここで生じてくるのがシャウカステンの問題です。現在もう日本ではモニタ診断が主流で、シャウカステンはどんどんなくなってきています。まぁ現実には病院、大学のあちこちにいくつかは残っているのでしょうが、基本的にはモニタで見るようになっています。ところがじん肺のレントゲン読影はいまだにシャウカステンを使用するのが基本ですし、国際的なじん肺のILO分類も日本のじん肺分類も基準写真がアナログ撮影のものになっています。日本では現在滋賀医科大学の村田先生を中心にデジタル化がすすめられ、国際的にはILOやNIOSHがデジタル化を進めようとはしていますが、先日訪れたタイなどでもまだデジタル化はなされていないなど、国際的なギャップもあり、思うように進んでいないのが現状です。特にじん肺は労災法といった法律や保障といったお金の問題も絡んでくるので難しいようです。
そんなわけでAIR Pneumoも現在シャウカステンベースで執り行われており、日本での第1回AIR Pneumoもシャウカステンで行われる予定です。でも現在日本でシャウカステンはもはや絶滅危惧種のため、シャウカステンを集めるのがまず第一問題で、第二に大量のシャウカステンを配備したときに電源が耐えられるかというのも問題になります。そのあたりも含めて、今回協力いただいている順天堂大学の放射線科助教の鈴木先生とコニカミノルタの岡本さん、横田さんに集まってもらっていろいろと相談をしてきました。
とりあえずまだ若干の問題はあるかもしれないものの、私としては実際に会場候補となる場所もチェックしてイメージも固まってまいりました。順天堂大学の方々やコニカミノルタの方々からも非常に温かく協力的な対応をしていただき、感謝するとともに、是非成功させないといけないと心を改めることができました。

たろう

2010年12月23日木曜日

Final day of 2nd AIR Pneumo in Thailand

いよいよ第二回AIR Pmeumo in Thailandも最終日。この二日間の成果を生かして読影試験に臨んでもらう日です。試験用のフィルムを配布して、各自1枚3分を目安に読影をしてもらっており、試験なので参加者も真剣そのもの。決して難関な試験ではないはずですが、難関でなくても試験は試験、タイ国民のまじめさも出ているのでしょうか、みなさん真剣そのものでした。

試験が終わった後、今後のAIR Pneumoの改善のためにも参加者の皆さんとコースの感想と、内容についてのディスカッションをした後、最後にみんなで記念撮影をしました。
でもそのあとも仕事はあります。特に大変なのはフィルムの管理、枚数を数えて欠落がないかチェックしてしまう。その作業はやはり昨日も出てきたLadaのところの美人3人のスタッフがしてくれていました。

いや、試験の裏でAIR Pneumoの今後に向けて会議したり、コース終わった後も会議したり、どこまでも会議したり・・・下働きだけじゃなく、ちゃんと偉い人々も仕事していますが、結構疲れた会議だったので、今日は思い出したくないので割愛します。

たろう

2010年12月22日水曜日

2nd day of 2nd AIR Pneumo Course in Thailand

本日はAIR Pneumo二日目。24名の参加者たちが読影訓練にいそしむ中、私は・・・昨日の会議の取りまとめやら、明日のプレゼンの準備やら、フィルムデータの確認整理やらで、全く講習会に参加してる気配がない一日でした。日下教授も写真のごとく、講師の方や参加者の方と研究の話などをしたりと、大忙しの様子・・・って人ごとではないのですが。ちなみに1枚目はタイのB Readerの一人NITRA先生、二枚目はインドから参加のShishodiya先生とベトナムから参加のTao先生です。Shishodiya先生、どうして受講者?って思うぐらい偉い先生なんですが、そう思うのは私だけじゃないらしく初日から確かPonglada先生に「受講生って座ってるけど、そんな立場の人じゃないんだから教える側もやってね」みたいなことを自己紹介か何かの時に言われてました。
そんな私たちを尻目に講習会は淡々と進んでいきます。講師陣はタイのBリーダーの面々が中心に菅沼、Igorといった国際的な専門家もそろっているので講習会は任せて安心です。

そしてこのような会を行うには欠かせないのは講師以外の運営スタッフ。タイでの講習会ではCentral Chest InstituteのNo.2であるPonglada先生のスタッフが毎回手伝ってくれております。入れ替わりも時々ありますが、今回の会議を手伝ってくれたのはこの写真のお三人方、左からNaam, Pui, Prau。AIR Pneumo講習会のための各種資料の準備・作成・管理はおろか、私や日下先生のあまたの面倒そうな依頼を素敵な笑顔で処理してくれ、大変助かりました。

2010年12月21日火曜日

1st day of 2nd AIR Pneumo Course in Thailand

第2回目のAIR Pneumoがいよいよタイで開催された。会場はCentral Chest Institute(旧名Chest Disease Insititute)である。タイに加えて、日本やベトナム、インドの方を含めた合計24名の参加者とタイのNIOSH B Readerの先生方、AIR Pneumo Comitteeの講師たちと、現地Central Chest Instituteのスタッフの方々、大規模なイベントとはいえないかもしれないが、それでもかなりの人がこのAIR Pneumoのために集まってきている。フィルムだけ見ても写真のとおりである。レントゲンフィルムを持ったことのない一般の人や、もしかするといまどきモニタ読影が主流なので若い医師もわからないかもしれないが、レントゲンフィルムは結構重たいので、この段ボール箱たちの重量や・・・これらを運ぶだけでも一仕事である。

講師陣の一人であるILOのIgorが天候の問題で到着が遅れたため若干プログラムの変更を余儀なくされたが、初日はつつがなく終えることができた。初日の講習会が終わってからAIR
Pneumoの今後についてCore memberとして日下、菅沼、Igor、Lada、Kiat、Shishodiya、Paulらが集まって会議も行われ、有意義かつ活発な議論が交わされた。


最後に初日参加してくれたタイの講師陣とのワンショット。日下・菅沼の両先生は所用で不在(偉い先生はあちこち呼ばれて忙しそうです)だったため、お二人はこのときいませんでしたので映っておりません。講師陣の向こう側では参加者たちがフィルムを自分たちで読影中です。

2010年12月19日日曜日

第13回感作性物質小委員会会議

さて、土曜と日曜、泊まりがけで東京で会議。日曜日の昼にはそのままタイに向けて出発するハードスケジュールです。おかげで仕事もいっぱいたまって混乱気味なのか・・・朝スーツを着ようと思ったらカッターシャツがありませんでした。まぁだからといってポロシャツにスーツのジャケットとスラックスというのもかっこ悪いので結局普段着で参加させてもらいました。参加しないよりはまし、ということでご容赦いただける先生方の皆様に感謝の念が堪えません。
とまぁ私の失敗談はともかく、今回も感作性物質に関して議論をしております。これまでは主に新分類基準の作成が中心でしたが、ようやく分類基準はある程度まとまったため、個々の物質の分類の再検討に入っております。今までの議論の成果としての新分類基準については産業衛生学会の「許容濃度等の勧告(2010
年度)」の中の「�.感作性物質(暫定)」にまとまり出版もされましたので興味のある方はそちらも見てもらえるとありがたいです。(Googleで「許容濃度等の勧告」とかで検索かけるとPDFが出てきます)
分類基準策定ということで一つの到達点は見たのですが、仕事というのはすればするほど増えるもの・・・。新たな分類基準での感作性物質のリストアップ作業ということで、MAK(ドイツにおける感作性等の検討をしているところ)やNITE(日本の製品評価技術基盤機構という組織、やはり化学物質の安全管理という側面から感作性も含めて情報を取りまとめている)などの他の類似・近縁の組織でのリストアップされている物質などについて、我々の分類基準での検討が本格的にはじまりました。まずは今まで分類基準作成の中でやってきた物質について、完成した分類基準での評価を行いはじめたのですが、意外にここでも様々な議論が出てきました。分類基準作成の初期段階での構想されていたものと、現在の完成したものでは少し違っているため、再度論文を読み直さないと評価が確定しづらい物質も出てきたためです。こういうときに役に立つInternet。数人の先生(大槻先生、土橋先生、私)あたりがノートパソコンを開いてPubmedなどに接続、議論しながら議論内容についての情報の収集も並行しています。そうやって現在新たな分類基準での分類確定作業が進められています。また前の会議のときにちらっと書いたQSARについての検討も行われました。
最後にそのQSAR関係、ということで、EuroQSARという学会に参加した湯田さんより学会報告がありましたが、気になったのは前回(?)のEuroQSARの話でした。豪華客船で地中海クルーズして地中海沿岸の主要都市を回りながら学会って、そんな豪華な学会ありですか?っていうかそんな豪華な学会・・・参加費いくらするんでしょう?

参加者:日下幸則(福大)、宮川宗之(労安研)、竹下達也(和医大)、佐藤一博(福大)、青山公治(鹿大)、上田厚(熊大)、梅村朋弘(福大)、大槻剛己(川崎医大)、鹿庭正昭(国立衛研)、亀尾聡美(群大)、原田幸一(熊大)、田村太朗(福大)、土橋邦夫(群大)、福島哲仁(福島県医大)、皆本景子(熊大)、山下邦彦(ダイセル化学工業)、吉田貴彦(旭川医大)、柴田英治(愛医大)、湯田浩太郎(インシリコデータ)、シロイ(富士通)

2010年12月16日木曜日

研究打ち合わせ@大阪

今週末から東京、タイと不在が続く予定ですが、その直前にも関わらず火曜日に大阪へ行ってまいりました。夏休みに勉強のために一緒に統計解析をしてくれた学生さんと一緒に、そのデータベースについて私が連絡をとっている近畿中央胸部疾患センター内科部長の川口先生に会うのが目的です。件のデータベースによる解析の今後の方針について相談するのとともに、学生さんを紹介させてもらいました。
私にとっては前任地でもあるので知った顔も多いのですが、もう3年も経ち、知らない顔もだいぶ増えておりました。滞在時間が短かったため、かつてお世話になった先生方のうちごく一部にしか会えませんでしたが、何人かには挨拶できましたし、川口先生との研究に関する話も充実していたのでなによりでした。
学生さんにとっても研究のディスカッションを横で聞いてもらうとともに、川口先生より研究や臨床の話を聞けたことは良い刺激になったようでなによりでした。
さて、今週末はGHS関係で東京で会議、来週前半はタイでの第2回AIRPneumo、来週金曜日には日本に戻ってきて東京で日本での第1回AIR
Pneumoの相談と、年末の仕事(出張)ラッシュが続きます。極力余裕を見て逐次ブログは更新していきたいと思っていますが、このハードスケジュールの中、いったいどうなることやら・・・

たろう

2010年12月10日金曜日

医系技官の道に関心のある方へ

本日は予告通り昼食会「医系技官の道に関心のある方へ」を執り行わせていただきました

現在厚生労働省から福井県に出向しておられる一戸先生と福井大学の出身で小児科医から国際協力という経歴を経て現在故郷若狭に帰ってきて保健所長をしておられる四方先生、そして福井県の地域福祉課の柿木課長さんの3名を交えて学生さん(医学科4年生)12名とともにお昼ごはんを食べながら非常にフレンドリーかつ楽しく交流できたと思います。
なかなか普通は話題にしづらいこと、勤務状況の実際や、給料のことなど卑俗なことも忌憚なく答えていただくとともに、行政の側としての仕事への熱い想いもきちんと伝えていただきました。
現在福井大学出身の医系技官は一人もおらず、福井県内の医官も不足している状態です。医師不足、医療崩壊の話は臨床だけではないのが現実で、改善のためにも行政の側で頑張ってくださる医系技官の方々も必要になってきます。今回の昼食会を契機に、日本全体、そして福井県のためにも行政に興味をもつ医師が少しでも増えてくれることを期待しています。

たろう

2010年12月3日金曜日

予告:医系技官の道に関心のある方へ

医学生の進む道というのは圧倒的に臨床医が大多数なわけですがその他にも様々な進路があります。研究の道に進む人もいますし、医系技官として行政の道に進む人たちもいます。とはいえやっぱり圧倒的少数派な臨床医以外の道、臨床の方でも医師不足が叫ばれ医療崩壊が言われておりますが、医系技官、保健医療行政の場でも医師不足は深刻です。ということで医系技官、保健医療行政に少しでも興味を持っている医学生・医師に向けて説明会を予定しています。本音で話せる場にしたいと思っておりますので普段聞けないこと聞きづらいこともどんどん聞いてもらいたいと思っていますので後日ここでの報告には書けないような話になることを少し期待しております。

たろう